マリヲ・細谷淳

ライブ情報・人日記をつけています。

仙台四郎

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 にっこり笑った仙台四郎が球の中で黄金で、動かすと粉と一緒に舞う小さいスノードームみたいなマグネットがあって、それを仙台で買った。仙台四郎はものが話せないがわかっていて、四郎が居る店は繁盛する、四郎は農家の四男で、それでも口べらしをせずに大事にした、という全体的な仙台四郎にまつわる逸話に彼はとても感動したからだった。良く見ると古い仙台の店にはだいたい仙台四郎の絵や人形が飾ってあった。あとこけしの絵とかも飾ってあった。
 Hくんと鳴子温泉に電車で行って、三件目の風呂の湯気には心が良くなる、と書いてあった。急いで急いで、焦って焦っているような彼はHくんと会っていろいろがほぐれたがまだ眉間にシワが寄っている、それにみゃあみゃあというかんじでHくんにネガティブなことを言う。三件目の風呂に行ったあと、扇風機に当たりながらHくんは「だいぶ良い顔になってきたねえ」と彼に言った。ビールを二人で呑んで、はっとしたことを彼は隠した。「何に焦ってるんでしょうねえ」と彼は言い、「さあねえ、何に焦ってるんでしょうねえ」とHくんは言った。人とすれ違ったり、人と少し話したりする。怒っていないか、気分を害していないかよく注意して見る。怒っているような視線を感じ、自分が何かしていないか確認したあと、その怒っているような視線の人に、「ナンデオコッテイルンダ」というような怒りを向ける。そんなように最近暮らしていた、ような気がする、と彼は思ってHくんに言った。風呂屋の受付には痩せた女性がきりきり、でも楽しそうに働いていた。お風呂きもちかった? と二人に聞いてくれた。「ここね、湯治に東京からモデルさんとかが来てくれるんよ。一週間くらいかなあ。やっぱり東京はいろいろあるんかねえ。モデルさんね、顔がちっちゃくてまあ綺麗よ、映画のなかから出てきたみたい。ご飯は隣で、飲み屋さんもあるしね、だから素泊まりでまた今度来たらいいと思うよ。この温泉ほんとに効くからねえ」と言う女性はなにかいろいろあってそれが抜けかけているような印象だった。それからその風呂屋のマスターが来て、女性と同じことを話した。
 風呂屋を出て壊れた温泉旅館を過ぎて、白鳥が川から山に向かって湾曲して飛んでいくのを見て、セブンイレブンでビールを追加で二本買ってその店員さんはお釣りを手渡ししてくれて笑顔で、それから電車に乗って乗る前は大きな待合室でストーブに当たって駅員さんがもうすぐ出るよと教えてくれたりして、彼はまだ頬の辺りが暖かかった。彼は火照った感じでHくんに「街行く人、すれ違う人みんな、なんかとても優しいですねえ」と言った。Hくんは「天使です。天使のみで構成されてる街です。それに女性は小鳥だし、ぼくはなるべく傷つけないように気をつけて暮らしています」と静かに言って、そのままの体勢で少し眠った。彼は仙台四郎の逸話のことも思い出して、眼を瞑ったけど興奮して眠れなかった。
 そうやって大阪に帰って来てから街を見ると、天使がいっぱい居た。花に水をあげてるおばあや、コンビニ店員、番台、飯屋のおばあ、図書館で風呂屋で唐獅子牡丹を歌ってるおじい、公園の若いカップルなど、いろいろある、あったけれど気持ちの良い、その日にたどり着いている人がたくさん居た。天使という言葉を覚えて帰ってきて、本当に良かった、と思い彼は自身の胸に手を当てて「なんやのよなー」と言った。ちょうど歩きスマホをしている人の速度が、仙台の人の歩く速度と一緒だとそう考えた。なにかその考えを手に持っているような感触になった。

ねじ

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 嶋丸について思い出したのはトラックの荷台に嶋の字を丸で囲んだペイントを見たからだった。引越作業員の同僚として嶋丸とは会って、会った初日に三千円を借りた。嶋丸は白髪混じりの少し長い髪をひとつくくりにして帽子の後ろの穴から出していて、コロンの良い匂いがした。普段なにをしているのかと彼は聞き、嶋丸はブラジルの店をやっていると言った、派遣社員の嶋丸はでもよく働きよく喋った。
 日本人であることを誇りに思うべきだと車中で嶋丸は言った。日本ちゅのはすごいんやでえ、なんでてほれあれトーシバ、シャープ、みなこれチップ作っとるやろ、核弾頭のチップやらこれもみな日本製やがな、全部細工しとるに決まっとるがな、そういんがな、世界へのそういんが日本はちゃんとしとんねん。勉強家やしな、がんばるしな、せやから日本人であること、誇りに思う、俺は、思うべき、ゆうか、思った方がええと思うんやけどなあ、語尾にかかるにつれてどんどん声も肩幅も小さくなっていった嶋丸はトラックの中央に座って揺られていく。「おっさんなんかあったんか」と運転手は言い、少し暑い車中の空気は汗とコロンの匂いが混じって苦くなった。嶋丸はきっと奥さんと喧嘩して仕事に来た。それなら「嫁と喧嘩した」と言えばいいのにと彼は思うけど、おそらくそれでは伝わらないなにかがあって嶋丸は気の狂ったことを言う、本心ではない、あらすじは本心ではないけど、遠回りしないと解消できない気持ちをそうやって言った、とそこまで考えて彼は「へえー」と言った。勉強せなあかんで、ひとごとちゃうでと嶋丸は言い、その声は階段、踊り場のコンクリートによく響いていた。
 それから階段二階から階段三階の作業だった。本がたくさんあって、嶋丸の呼吸は息切れを通り越して魂が出入りしてるみたいな音になった。彼も膝をついては、茶を何本も呑んだ。流石運転手は社員だからピンピンして汗を垂らす、荷物は減らず終わらないまま、ついに嶋丸は目を剥いて「のうり」と言って座った。もう無理ちゃうねんおっさん、やった終わり、やった終わり、終わったら終わりやで、ほれもうちょい気張れと社員は優しく叫んで、でも「のりで」と言って嶋丸は段ボールをひとつだけ持ったまましゃがみこんでしまった、そのまま芝生の上に寝転がるような形になった。一応彼は嶋丸に駆け寄って「大丈夫か」と聞き、嶋丸ははっと目を開けると「どうしたもこうしたもないよ。大丈夫ってなによ。ソーホーってなによ。双方の意見を聞けよ。わかってんだよ腰いてえよばかやろう。あーあ。あーあーあ。こんなとこまでわざわざ小便袋、ぶら下げてくんじゃなかった。そうこうしてる間に日が暮れんだろう、わかってるよ。あーあ。あーあーあ!」と乱暴に言った。頭に春のねじが突き刺さっているみたいだった。びしゃびしゃに濡れた花がそこにはあって、嶋丸の背中で押し潰されてた。潰れた嶋丸がその花に支えられて、それでやっと生きているみたいに思った。お客は心配して上から覗きこみ、彼はその風景を可愛いと思った。
 通りすがった散歩途中の犬が三人をじっと立ち止まったまま見つめていた。運転手は「休憩しよう」とやっと言った。

2024年3月9日(土)@外

久しぶりのライブとなります。初共演のかたばかりですが、ぼくたちも不思議な電子沼空間の一助にと、気合を入れてのぞみます。むちゃくちゃ楽しみです。詳細是非外のイベントページで確認していただけたら嬉しいです。お会いできたら、乾杯してください。

 

https://soto-kyoto.jp/event/240309/

 

Joe Summers & Darragh McLaughlin [First Terrace Records / Square Head Productions]
中田粥+Water a.k.a マリヲ
sofheso

 
開場 18:30 開演 19:00
予約 2,500円 当日 3,000円